私たちはエゾナキウサギの保護活動をしているグループです(創立1995年。会員は全国に約2390名)。
要望事項
現在様似町は、日高山脈襟裳国定公園内の公園利用のための道路、町道幌満大泉線の災害防除工事を計画していますが、現在予定されている工法(現場吹付法枠工)はこの地域の自然を破壊するもので不適切です。
私たちは、知事に、自然公園法15条による公園事業執行についての承認をするにあたっては、工事の必要性、工法の妥当性を慎重に検討のうえ判断されるよう強く要望いたします。
要望の経緯
月7日、現地でナキウサギの生息状況について調査を行うと同時に、様似町建設課の担当者から現場で工事の概要について説明を受けました。この調査結果をもとに、6月13日、ナキウサギの生息地の確保、生態系保全および景観保全の観点から、土木学の専門家のみならず生物学・地質学・地形学の専門家の意見を聴取したうえで工法を再検討するよう様似町に要望書を提出しました。
要望の理由
1.生態系の特異性について
今回工事が予定されている幌満川流域は、日高山脈襟裳国定公園の南端に位置し、高山植物の宝庫であるアポイ岳の東の山麓にあります。この流域は「幌満ゴヨウマツ自生地」となっていて、樹齢150〜200年のキタゴヨウを主とする混合林が広がっています。
ここは世界でもまれなカンラン岩の岩体が地表に現れた場所で、この超塩基性の岩石が特殊な植物の生育条件を提供することによって、この一帯が固有種・固有変種あるいはキタゴヨウなど植物の特異な生育地となっていることはよく知られています。
また、この流域の斜面脚部にはカンラン岩の岩塊堆積地が分布しており、エゾナキウサギの低標高の生息地として知られています。特に今回工事が計画されているところは、標高50mというわが国で最も標高の低いところにあるナキウサギ生息地であり(「ナキウサギ生息地を標高50mの所に発見」川辺百樹1990年 上士幌ひがし大雪博物館研究報告)、氷期の遺存種であるナキウサギの生態を解明する上でも、非常に重要な場所です。
このように工事予定地の生態系は極めて特異であり、保護の必要性が高いのです。
2.工事計画地およびその周辺におけるナキウサギの生息状況
今回は短時間の調査であったため、この工事計画地(法面工事が予定されている部分のこと)およびその周辺でのナキウサギの生息実態の全容を把握するまでには至りませんでしたが、この調査で次のことが判明しました。
・工事計画地で貯食場所が3か所発見されました(貯食場所については青テープで印を付け、現場で役場担当者に説明した)。
・この工事計画地とその北の高圧送電線の間で比較的あたらしい採食痕跡を6か所で確認しました(この場所についても青テープで印を付けてある)。
・高圧送電線の直下ないしわずかに北側の地点で連続声を発する個体が観察され、盲腸糞も発見されました(盲腸糞は採取し,保管してある)。
これらの観察事実から、工事計画地がナキウサギの活動空間になっていることは明らかです。
3.落石の現状と工法の問題点
様似町建設課の担当者の説明によりますと、今回計画されている工事は現場吹付法枠工による工事で、切通しの露頭および斜面上の岩塊からの落石の恐れの回避です。つまり、危険因子は切通し露頭と斜面上岩塊の2つとされています。
まず、斜面上部の岩塊ですが、役場が提示した資料(標準断面図:A)によると岩塊は浮石とされています。しかし、この判断はおかしいのです。なぜならこの斜面勾配で浮石が重力に逆らって長期にわたり存在しつづけることは困難であるからです。この岩塊が最近剥落した痕跡はありませんし、岩塊表面の風化の状態から見ても長期に渡り現状が保たれていたと判断できます。したがって、これは浮石ではなくカンラン岩岩体の堅い部分が風化作用に抗し残存したトア(岩塔)様のものと判断するのが妥当です。つまり簡単に落下するものではないのです。しかもその岩塊の数量は多くありませんし、体積も巨大なものではありません。場合によってはクレーンによって移動可能なものもあります。
次に切通し露頭ですが、これには垂直方向に明瞭な節理が認められ、露頭上部つまり地表に近い部分に水平方向の節理が見られます。前述のように斜面上部の岩塊が剥落した痕跡がなかったことから、近年路盤に落下したという岩塊は、この切り通し露頭上部からのものと判断されます。この露頭が風化作用をうけ部分的に剥落することは自然の摂理です。
このように危険因子を冷静に分析すると、緊急の課題は切り通し露頭対策であることがわかります。つまり斜面全体をそぎ落とす現場吹付法枠工を採用することの妥当性が再検討されなければならないのです。
4. まとめ
本件工事計画は、学術的にも重要なナキウサギ生息地を壊し、地域周辺の自然生態系にも重大な影響を与えるものです。今回の工法は一企業の技術者の見解に基づき採用されたと思われますが、現地の生態系の特異性を考慮するなら必要最小限の地表改変に留める工法を考えることが重要です。