エゾナキウサギの天然記念物への指定をめぐって
〜経過と問題点〜

1 指定は見送り?!

9月8日の北海道新聞(道新)の一面トップの「ナキウサギ指定見送り」という突然の報道に、多くの道民はたいへん驚きました。

道新によると、昨年11月、ナキウサギふぁんくらぶがナキウサギの天然記念物指定を求める署名4万3433筆を出したあとに、文化庁が道教委に対し地元の意向を取りまとめるように要請。これに対して、ナキウサギ生息地を抱える10市町の教育委員会が、「積極的に保護して行く考えはない」と回答したため、見送りの公算が大きくなったというものです。

わずか10市町村の意向だけで指定が見送られるとは、・・・いったい、何がどうなっているのか、この先何ができるのか、私たちも一時は大きな衝撃を受け、戸惑いました。

2 ずさんな調査〜『策』と『柵』

ところが、翌9日、実は、道教委による調査というのがなんと、電話による調査で、しかもたまたま電話にでた担当者とやりとりしただけだったことがわかったのです。そして、その後の報道(道新12日・25日)などから、さらに驚く事実が浮かび上がってきました。

まず、「保護して行く考えはない」と回答したとされている上川町、東川町、新得町、夕張市、置戸町ですが、「いつだれがどう答えたのかわからない」(夕張)、「そういう表現をしたつもりはない」(置戸)など、調査内容に不信をもっていたというのです。

また、東川町では、「指定はむしろ歓迎」の立場だったにも関わらず、「保護する考えはない」と報告されていました。実は、電話に出た東川町の担当者は、「生息地に『保護柵』を設ける考えはあるか」と聞かれたので、「『柵』までは設ける必要はない」と答えたのが、『保護策』は不要という回答にされてしまったのです。笑い話のような、しかし、本当の話です。

道新のその後の調査で、10市町の内、置戸町は「指定されればいい。望んでいる」、南富良野は、「指定して人の手が入らないよう、そっとしておくのがいい」、東川町は、「種としての指定を拒むものではない」などと回答。その他の市町にも「反対」の声はなく、道教委の調査が事実に大きく反し、「ずさん」を通り越して、むしろ「恣意的で悪質」だったことが明らかになりました。

3 道教委への抗議〜道教委・再調査へ

指定見送りと報道された直後の9月11日、私たちは、道教委に抗議にいきました。そこで、第一に、道教委は、学術的にも貴重であることを認めるなら、保護を市町村だけの責任とするべきではないこと、第二に、4万3000人を超える署名の重み、すなわち国民の声を無視すべきではないこと、第三は、大きな生息地を抱える鹿追町や上士幌町などを無視し、わずか10市町の意向のみで結論を出した今回の調査は極めて恣意的であり、生息地のある全市町村(全道で30あまり)を対象に調査すべきこと、第四は、地元の意向調査といいながら、町長、議会、町民の意見を聞かず、電話による問い合わせで済ませたことは不十分であること、第五は、天然保護区の指定等で保護は充分であるというが、過去に生息地を破壊する恐れのあった「士幌高原道路」や「日高横断道路」は世論の力で中止に追い込んだとはいえ、えりも町の道有林におけるガレ場破壊や、北海道が負担金を出している緑資源幹線林道(大規模林道)の建設など、ナキウサギの生息地は現在も脅かされており、保護は十分ではないことなどです。

これに対して道教委が、「ナキウサギの貴重さおよび保護の必要性は充分認める。しかし、地元の要望がないので指定のために動くことができない」と主張したため、「いくつの町の要望があればいいのか」と質問したところ、「一つの町でもいい。一つでも要望があれば、道も動く」と断言したのです。実際には複数の自治体が要望していることを、そのときの私たちは知りませんでした。この約束は、今後、必ず果たしてもらいましょう。

さらに、知事にも要望書を持参し、文化庁にも要望書と質問書を送りました。

マスコミも、道新が連日のように報道しただけではなく、NHKや北海道テレビの放送、朝日新聞(10月15日)も大きくこの問題をとりあげました。また、小坂文部大臣の紹介議員である鉢呂吉雄衆議院議員が文化庁に直談判したほか、道議会でも、日本共産党の前川一夫道議や民主党の須田靖子道議が、知事や教育長の姿勢を追及しました。さらには、十勝自然保護協会、大雪と石狩の自然を守る会、北海道自然保護協会など、道内の自然保護団体も機敏に、あいついで抗議文を送り、道教委の姿勢を批判しました。

新聞を読んだ道民のかたからも大きな反応があり、地元の町への働きかけや署名集め、新聞コピーの配布など、今までにない運動の輪が広がるのを実感しました。こうしたみなさんの怒りを感じてのことでしょう。9月20日、道教委の吉田教育長は、再調査の決定を公言せざるをえなくなったのです。

4 問題は何?

しかし、問題はこれからです。道教委の姿勢が変わらない限り、同じ結論が導き出されてしまいます。今回のことを通じて、指定の手続きと道教委の考えなど、今まであいまいでよく見えなかったものが私たちにもやっと見えてきた感じです。そこで、問題点を少し整理してみましょう。

@ 種の指定か、地域指定か

天然記念物の指定には、二つの仕方があります。一つはナキウサギを『種として指定』する、もう一つは『地域指定』です。

*種としての指定

私たちは、一貫して種としての指定を要望しています。ナキウサギの生息が危機的な状況にある以上、一部の地域だけ保護しても保護としては不十分で、ナキウサギという種全体を保全する必要があるのです。

道教委は、種として指定されても効果がないといいますが、ナキウサギが貴重で絶滅しやすいことが広く理解され、国民の監視の目により保護していくことが、もっとも有効な保護となります。また、種として指定の場合にも文化庁長官は環境保全のために調査したり、必要なことを命じる権限があります。さらに、種として指定されると、生息地を開発する際には、常にアセスにおいて配慮されるようになります。

*地域指定では不十分

道教委は、ナキウサギはすでに大雪山天然保護地域や、アポイ岳高山植物群落、夕張岳の高山植物群落および蛇紋岩メランジュ帯が天然記念物になっていることで保護されているし、今後もこうした地域指定を積み重ねていけばよいといいます。

しかし、夕張岳ではナキウサギ生息地が入っていないため、当初よりその範囲が狭すぎることが批判されていました。また、大雪山天然保護地域やアポイ岳においても、天然記念物になっているのは一部の高山帯だけです。つまり、夕張山地、大雪山系の比較的標高が低い広い地域、北見山地や日高山脈、その中でも特に、標高の低いところにある生息地は保護の対象になっていないのです。低い標高に生息するナキウサギは、生態的に高温に弱い上に、開発が山麓部で多いことから、常に絶滅の危機にさらされています。

さらにいうと、ナキウサギはその生態から、個体群が孤立すると特に絶滅しやすいことがアメリカ、中国の研究例で知られています。現実に、大雪山系・日高山脈と離れて存在する夕張岳、芦別岳のナキウサギは、絶滅の恐れのある地域個体群としてレッドデータブックに登載されています。一部の個体群だけ保護しても、絶滅には無力なのです。

地域指定を積み重ねる努力は望ましいことですが、絶滅のスピードがはるかに勝っているので、手遅れになることは目に見えています。ナキウサギの場合、失われた生息地をよみがえらせることはほとんど不可能です。今ある生息地をそのまま守っていくことが絶対に必要です。

*地域指定は責任逃れ

たしかに「地域指定」は開発を防ぐためには有効ですが、問題は、指定外の生息地は、「開発してもいい」とされ、開発の免罪符に利用される危険があることです。

道教委は、地域指定の方が保護されるからいいといいながら、実際に、どこを指定していくか全く検討していません。実をいうと、この問題が発覚して私たちが指摘するまで、道教委は、生息地の分布がどの市町に関わるか、いくつあるか全く知らなかったほどです。

ではなぜ、道教委は地域指定というのでしょうか。地域指定なら、自らは責任を免れ、その自治体だけに保護責任を負わせることができるからです。そもそも、種としての指定なら望ましいと考える自治体でも、地域指定により自分の町だけ財政負担を負うとなると、同意はしないだろうという道教委の思惑が見え隠れします。

昨年の調査でも、「指定されると保護の柵をめぐらすんですよ。おたくの町でそこまでしますか?」というプレッシャーをかけた質問がなされていたのではないでしょうか。

*二重の指定が理想

結局、一番、望ましいのは種としての指定を受けると同時に、地域指定の範囲を年々広げていくことです。

カラフトルリシジミ・ウスバキチョウ、カモシカなど、地域指定と種として指定を二重に受けている記念物はたくさんあります。

A 手続き〜地元の意向は要件か?

道教委は、地元の同意を要件とし、真っ先に地元の意向調査なるものをしました。地元に保護管理責任があるからだといいます。

しかし、給餌が必要なタンチョウなどと違い、ナキウサギの保護には、人手をかけた保護はほとんど不要です。むしろ、そっとしておく、開発しない、道路を作らない、森林施業で気をつけることなどが大切なのです。地元だけに責任を負わせる必要はありません。

そもそも、地元の同意は、指定のための要件ではありません。「学術上でわが国の自然を記念するもの」という指定基準をみたしているのですから、あとは、指定権者である文部科学大臣が審議会の諮問を経ればいいのです。

結局、文化庁は北海道に、道教委は市町村にと、責任を下部に押し付けているだけだというのが実態です。

国や北海道は、積極的に指定を検討すべきです。ナキウサギ生息地は、多くの市町村にまたがっていますから、その点でも市町村任せにするのは妥当ではありません。

B 地権者の同意

道教委も文化庁も、地権者の同意が必要だとか、公益との調整が必要だといいます。 文化財保護法(111条)で、「指定を行うに当たっては、特に関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならない」とあるからです。

しかし、ナキウサギ生息地のある場所は、おそらくすべてが、国有林か道有林、ごく一部が環境省の土地か自治体の土地だと思われます。

私人の土地はおそらくないでしょう。もし、あったとすれば、買取、補償などを通じて公的に管理するすることが望まれます。

生息地のほとんどは、国と北海道が地権者です。近時、国有林、道有林は、きれいな水と空気を供給し野生動物のすみかである森のもつ公益的機能をもっとも重視しています。そんな森で、ナキウサギの天然記念物指定に反対する理由は全くありません。公益との調整についても同じことがいえます。ナキウサギのすむ自然が残ること、それが大きな公益だからです。

C 公益との調整〜指定を否定されたゼニガタアザラシ

公益との調整ができずに指定されなかった例として、ゼニガタアザラシのケースがあげられます。1974年文化財保護審議会がゼニガタアザラシを指定するよう文部大臣に答申しました。しかし、ゼニガタアザラシによる漁業被害を危惧した地元関係者の反対により、実現しませんでした。

けれども、同様に海洋生物と漁業者の対立の問題がありながらも、知床は世界遺産に指定されました。漁業者も市民も行政も、最後に残された自然をいかに子孫に残ししていくか、智恵を出し合っていく時代になってきているということです。

その後、人々の努力で、北海道のゼニガタアザラシの数も回復し始めています。ちなみに乱獲により日本では絶滅したラッコも、えりも岬で姿を見せるようになりました。

いつまでも1974年のレベルにとどまっていると、北海道から、自然といえるものは無くなってしまいます。

5 ナキウサギの声に耳を傾けて!!

以上のように、これまでの道教委の言い分は、すべて責任逃れの言い訳にすぎないことがわかります。文化庁も同じです。

これに対して、今の道教委のやり方には多くの市民が怒っています。ものを言えないナキウサギに代わって、みなさんが真剣に怒り、行動してくださっています。

ナキウサギふぁんくらぶは、ナキウサギ生息地を抱える道内の市町の市長、町長、教育長宛に、ナキウサギの貴重さを知っていただき、大切に保護していくために天然記念物指定に向けて協力をいただきたいとの「お願い文」を9月29日付で送付しました。これまでの要望書(文科大臣・道教委宛)等とナキウサギに関する資料、そしてふぁんくらぶ製作の生態DVDなども一緒に送りました。

今後は、直接、市や町を訪問して、市長や教育長、町の方たちともお会いして、お願いをしていく予定です。また、文化庁や道教委にも書面だけでなく直接お会いする中で、指定に向けてより良い方向で進んでいける様に話し合いを継続していくつもりでいます。道教委と文化庁には、ナキウサギと市民の声に謙虚に耳を傾けてほしいと思います。その上で手続き的なことを一つずつクリアーしていけば、きっと道は開けると思います。

氷河期の生き残りがここでたちまち絶滅するのを黙って見過ごすのではなく、かけがえのない自然として、子どもたちに残していきましょう。そのためにみんなで力をあわせましょう。

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