一 はじめに
私たちは、日本には北海道にしか生息していないエゾナキウサギの保護と天然記念物への指定を求める活動を11年間継続してきています。
今年11月、北海道教育委員会は、ナキウサギの生息地を抱えている可能性がある全市町村に対して、天然記念物指定についての意向を調査しました。今後、その結果を受けて、道教委と文化庁が指定に向けての手続きを進めていくことを期待するものです。
しかしながら、天然記念物指定の手続きや指定の要件、効果は、私たち国民にとっては、あまりにも不透明であり、疑問が数多くあります。
私たちは、貴庁に対して2006年9月14日付及び23日付で疑問点について質問していますが、いまだに十分な回答が得られていません。
そこで、本日、本質問書二の未回答の質問事項にあわせて、三において新たに付け加えた文化財保護法の解釈についての質問について、貴庁から直接口頭にて回答をいただきたきたいと考えています。
二 未回答の質問事項について
9月14日付書面では、野生生物が天然記念物の指定された場合の北海道、市町村の法的義務の内容とその根拠について貴庁に質問しましたが、その根拠について、口頭で文化財保護法3条であると回答があったのみで、義務の内容についてはいまだに回答がありません。
また、9月23日付け質問書においても、
三 文化財保護法の解釈についての質問
上記のように指定手続きや効果に関して、私たちには全く説明がありませんでしたが、今年11月の市町村の意向調査の際、北海道教育委員会が市町村に配布した資料により、貴庁の見解がはじめてわかりました。
それによると、貴庁は、? 指定の態様には「種指定」と「生息地指定」の2つの方法があり、? 「生息地指定」ではその指定地域内であれば生息環境の保護が図られるが、「種指定」では環境に関する規制がないため、例えば巣穴が壊されても保護されないこと、? 指定前に必要とされる@土地所有者の承諾、A調査や保存管理計画の策定、B公益との調整などの手続きはすべて地元市町村に責任があるとしています。
しかし、文化財保護法を詳細に検討しましたが、上記に関する貴庁の解釈には根拠がなく、逆に、仮に「種指定」の場合であっても、生息地も含めて保護することは可能であり、例えば巣穴を壊す行為に対しては許可が必要であり、違反者には罰則が適用されると考えます。
そこで、以下、これらの点について詳細に貴庁の見解と私たちの考えを対比し、あらためて貴庁に質問いたします。
1 天然記念物の定義〜「種の指定」と「生息地指定」
<文化庁の見解>
指定方法には大きく分けて2通りあります。
<私たちの考え>
文化財保護法は、種指定と生息地指定を区別しておらず、動物が指定された場合は、当然に生息地、繁殖地及び渡来地も含まれると考えます。
《理由》
「記念物は、標本類を除いては、土地(海、河川及び湖沼を含む)そのもの又は土地と不可分若しくは密接な関係があるものであるから、その指定は、土地の特定であり、又は関係ある土地の特定を伴うものである。その関係とは、動植物の生態関係その他の保存上の関係を含むと考える。
例外として種の指定がある。一部の動物については、その著しい稀少性や分布が全国的であることに起因して所在する土地と関わりなく種が特定され、保護対象とされる指定方式がとられている。
この場合においても野生動物の保護については、棲息地、繁殖地等のその生息・生活とかかわりのある土地との関係が重視されることは当然である。しかし、現在のところ一例を除いてその生息地、繁殖地及び渡来地が保護対象とされていないが、法制上は生息地等を保護対象と指定しうることとされているのであるから、動物保護の十全を図る上からは、その措置をとるべきである。この点については、関係学術の研究者からの厳しい批判がある。」(引用。ただし、一部略)。
新・生物多様性国家戦略(平成14年)は、第4部第1章第8節「名勝・天然記念物」においても、天然記念物がわが国の生物多様性の保全に大きく寄与してきているとした上で、保護にあたっては、指定対象だけではなく、
その緩衝帯しての機能を有する周辺地域の保護も必要であり、そのような考えに沿った保護管理計画の策定が必要であると提唱しているほどです。以上のように、指定態様を二分し「種指定」の場合には生息環境は保護されないとする文化庁の見解は、根拠がないばかりか、法の趣旨からも大きく逸脱していると言わざるをえません。
質問1
「種指定」と「生息地指定」の区別の根拠は何か、その区別に合理性はあるか。
種指定において生息地、繁殖地及び渡来地が保護対象となっていない根拠は何か。保護対象とすべきではないか。
文化庁の考えをご説明ください。
2 指定の効果
天然記念物に指定された場合、どのような効果があるかに関し、文化財保護法は大きく3つの効果を認めています。
(ただし、軽微な場合等例外あり。)
<文化庁の見解>
<私たちの考え>
これらの制限規定及び罰則規定は、種指定、生息地指定の区別を認めないときはもちろん常に適用になりますが、仮に文化庁のように区別を認め、種指定においては土地の保護が含まれないと解釈したとしても、適用されると考えます。
したがって、私人または国の機関が、例えば巣穴を破壊するなど保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは、文部科学大臣を通じ文化庁長官の同意を求める必要があり、これに違反しその場所の動物を衰亡するに至らしめたときは、処罰されることになります。
《理由》
文化財保護法第125条第1項、168条第1項、196条第1項は、いずれも、種指定か、生息地指定かは区別していません。
たしかに、「現状変更」というのは土地にはあてはまりますが、動物に対する現状変更とはいいがたいかもしれません。しかし、「保存に影響を及ぼす行為」について考えると、生息環境を壊す行為は、「その動物の保存に影響を及ぼす行為」になります。指定内容に土地が含まれているかどうかを問わず、法は、動物の保存のために大きな制限を課しているのです。
質問2
「種指定」の場合には生息環境は保護されないから、例えば巣穴を破壊しても法的には差し支えないとの文化庁の見解の根拠は何か。
そのような解釈は条文の文言に反し法の趣旨からも大きく逸脱していないか。
文化庁の考えをご説明ください。
3 指定前の手続き
<文化庁の見解>
以下の事務について、指定や管理に伴う単一市町村内における事務は当該市町村において、複数の市町村に及ぶ広域な事務は道において行うこととなります。
<私たちの考え>
財産権の尊重や公益との調整は必要ですが、土地所有者の承諾は不要です。また公益を調整したりすることは、指定のための必須条件ではありません。地元自治体はそれらについてなんらの義務もなく、むしろ、それらの手続きが必要な場合には、文化庁が主体的に進める義務があると考えます。
《理由》
第111条は、文部科学大臣に次のような義務を定めています。
文部科学大臣は、第109条1項の規程による指定を行うにあたっては、特に、関係者の所有権、鉱業権、その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならない。
しかし、これは、留意すべきというだけであり、土地所有者の承諾や公益との調整を図らなければ指定できないとするものではありません。また、これは指定権者である大臣に向けられた規程であり、自治体の責任には全く触れていません。
さらに、第3条は、政府地方公共団体に以下の義務を課しています。
政府及び地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない。
しかし、3条は、国と自治体に法の趣旨の徹底を求める抽象的な規程でこれを根拠に自治体に上記@〜Bの義務を負わせることはできません。もし、自治体が負うのであれば国も負うのであり、なぜ自治体のみに負わせるのかが不明です。
前掲『文化財保護法概説』においても、その当否は別として、指定の事前手続きとしては文化財保護審議会への諮問が必要とされているに過ぎないことが強調されています。主張の概要は下記のとおりです。
質問3
自治体が負うべき法的義務の内容は何か、その根拠は何か。
事前手続きとして所有者の同意が必要かどうか、その根拠は何か。
事前手続きとして公益との調整が必要かどうか、その根拠は何か。
所有者の同意や公益との調整はだれが行うか、その根拠は何か。
指定前の調査や指定後の保存管理計画の策定の主体はだれか、その根拠は何か。
今回北海道教育委員会が行った市町村の意向調査の目的は何か。その根拠は何か。
指定前、指定後の手続きの概要はどのようなものか。
文化庁の考えをご説明ください。
4 結論
以上のように、天然記念物の定義、効果、手続きのすべてにおいて文化庁の解釈と運用は、文化財保護法の解釈及び趣旨から著しくかけ離れているといえます。
上記につき、国民が納得できる説明を求めると同時に、実務を、法と現在の生物多様性国家戦略その他、野生生物保護の理念にそったものに改めるよう強く求めます。
四 天然記念物行政への期待〜最後に
天然記念物に指定されながら絶滅したトキや、毎年1000頭以上が射殺されているニホンカモシカのように、天然記念物の保護には惨憺たるものがあります。しかし、他方で、天然記念物に対する国民の「非常に価値あるものとして後世に残したい」という意識が高いのも事実です。
天然記念物が定められている文化財保護法(1950年)は、第1条で、「文化財を保存し、かつ、その活用をはかり、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」と目的を定めています。
問題は、天然記念物に関する実務の現状が、こうした文化財保護法の掲げる高い目的・理念や国民の意識からあまりにも乖離していることにあります。
日本の野生動物を保護する法制度としては、『絶滅の恐れのある種の保存に関する法律』(種の保存法)が定める絶滅危惧種がありますが、ほぼ絶滅状態になってから指定され、専ら保護増殖のみが検討されるのが実情で、野生動物の保護としては限界があります。
私たちは、今すぐ絶滅するほどには至っていないがこのまま放置すると絶滅の恐れが極めて高く、しかも学術上貴重で保護の必要がある野生動物を保護する上で、天然記念物は解釈と運用によってはかなり有効で有意義な方法だと考えています。
前述のように、新・生物多様性国家戦略は、全国にある自然名勝や天然記念物が地域の人々によって大切に保存されてきた自然遺産であり、その保護普及の思想とあわせてわが国の生物多様性の保全に大きく寄与してきていること、地域の生物多様性の保全に役立っていることを評価しています。しかし、指定対象に偏りがみられること、生物群集として動物群集を一体的にとらえた指定がなされてこなかったこと、保護管理の体系化に欠けていることなどの課題を指摘しています。そして、指定対象だけではなく、その緩衝帯しての機能を有する周辺地域の保護も必要であり、そのような考えに沿った保護管理計画の策定が必要であると提唱しているのです。
私たちは、文化庁が自らに課された役割と私たち国民の期待を真摯に受け止め、真に野生動植物の保護になりうる天然記念物行政の主体になられることを切望しています。
以上
自治研究 第61巻 第11号 38頁 帝京大学教授 内田新著「文化財保護法・各論(20)」