日本森林系保護ネットワーク代表 河野昭一
大雪と石狩の自然を守る会代表 寺島 一男
十勝自然保護協会
共同代表 安藤御史・松田まゆみ・佐藤与志松

ザ・フォレストレンジャーズ代表 市川守弘
ナキウサギふぁんくらぶ代表 市川利美
その他6団体(全国)
連絡先(事務局) Tel:011-281-3343 Fax:011-281-3383

この度、「北海道森林管理局」から提案された「森林生態系保護地域」等の拡充案作成の経緯と根拠は、以下のように理解される。

新たな森林・林業基本計画(2006年策定)において、生物多様性の保全に対するニーズにも的確に応えて、優れた自然環境を有する森林の維持管理等を推進することが、重点的に取り組むべき事項の一つとされた。

これを受けて、貴重な野生動植物相の生息・生育地と、その周辺地域における森林施業等にあたっては、「生物多様性の保護・保全」に資する事業計画・立案と、その具体的実施とが求められるところである。北海道における「生物多様性」保護・保全の観点から、北海道内の「国有林管理の手法」に関する意見を聴くため、2007(平成19)年3月、外部の専門家からなる「生物多様性検討委員会」を設置した。

この「生物多様性検討委員会」における議論の結果、地域固有の「生態系」を、一体的かつ効率的に保全していくために、北海道国有林の自然度に見合った保護林の拡大や既存の保護林の整理統合、とりわけ「森林生態系・保護地域」に関しては、脊梁部以外の高標高地の天然林、地域の生態系の中核をなすと考えられる天然林等について、新たな「地域指定」の必要性の有無を、可及的速やかに検討することとなった。

このことを踏まえて、以下の3点に留意して、「森林生態系・保護地域」の設定案及び緑の回廊の設定方針が作成された。


  1. 「森林生態系保護地域」及び「緑の回廊」の区域については、検討の基礎として、既存の森林の現況や希少種等の生息・生育情報のみでなく、森林生態系の再評価を試みると共に、希少動植物種の生息・生育が予測される“潜在性(ポテンシャル)”が高いと評価される区域を、速やかに選別することが必要である。

  2. 「森林生態系保護地域」には、上記ポテンシャルが高いと評価される地域を含めると同時に、原生的な天然林の残存地域においては、山岳地帯脊梁部を含む高山帯から比較的低標高の山地帯の森林、さらには、針葉樹林、針広混交林を含む、多様な原生的森林生態系の存在する地域を含め、より広域的に、野生動植物相を含む「包括的自然保護区」として、新たに指定することが要望される。

  3. 大雪山系及び日高山脈に連なる「森林生態系保護」地域を、「緑の回廊」で連結することにより、より広域的な「森林生態系・保護ネットワーク」が担保されることになる。

    これらの生物多様性に富んだ「森林生態系」を相互に連結することにより、中長期にわたる保護・保全を担保する観点からも、速やかに「緑の回廊」計画を立案・推進し、上記の「保護・保全」区域を含む包括的地域指定を、積極的に推進することを目指す。

    具体案策定の為には、速やかに、対象地域に関する綿密な学術調査・研究が実施されることが要望される。


設定案の検証


北海道森林管理局が目指した、あるいは目指さなければならない生物多様性の保護・保全策は、今回の設定案で、果たして実現可能であるのか、検証してみよう。


1. 評価指標は適正か?<希少種について>

希少種の選定案の作成にあたっては、「希少種」等の生息・生育が予測される潜在性(ポテンシャル)が高いと評価される区域が、包含されるよう留意する必要がある。然しながら、科学的に、厳密な意味での「希少種」等の定義がなされていないこと、また如何なる「希少動植物種」、「固有種」が生息・生育しているかに関する、正確な生態学的、生物学的情報の集約が成されていない現状に鑑み、「保護区」指定は、科学的根拠を欠くといわざるを得ない。此処に、この提案の大きな問題点がある。

2010年5月18日に開催された「第1回森林生態系保護地域等・設定委員会」に提出された資料No1「森林生態系保護地域等拡充の検討経緯について」6ページの検討フローチャートによると、第一に生息・生育環境の潜在的な能力(ポテンシャル)評価の指標として「高標高域の森林帯」があげられ、その範囲は「標高1,000m以上」と設定されている。

また、1,000m未満の森林帯においては、「森林・河川生態系」の指標種として、「クマタカ」・「クマゲラ」・「シマフクロウ」の、それぞれの潜在的繁殖域について、個別的に森林蓄積量の数値が推定(?)されている。すなわち、これら3種の鳥類の潜在的繁殖域のみが考慮され、それ以外の動植物相に関しては、全く考慮されていないことがわかる。しかも、これら3種の鳥類の「潜在的繁殖域」が、すべて正確に把握されているか、否かも疑わしい。

また、具体例として、希少種等に相当すると考えられる「絶滅危惧TB類」のキンメフクロウの生息地・保全という観点から、この設定案の評価を試みると、過去に繁殖が確認された地域が、今回の「保護区設定」案には含まれていない、という事実に直面する。

キンメフクロウは、これまでのところ、北海道では大雪山系でのみ、その繁殖が確認されている種であり、ミユビゲラと共に、大雪山系の象徴種(flagship speciesフラッグシップ・スピーシズ)となっている。このような重要な保護・保全対象である鳥類の生息域が、確実に担保されない設定案には、大きな欠点があると指摘しなければならない。


2.評価指標は適正か?<高山帯の森林に限定>

設定案の作成にあたっては、山岳脊梁部の高山帯から、より標高の低い森林帯、即ち、針葉樹林、針広混交樹林、広葉樹林など、多様な森林生態系をゾーニングして、包括的に保護・保全できるよう、留意して設定することになっているが、果たしてどうであろうか?

少なくとも、「大雪山・森林生態系保護地域」設定案の図1を見る限り、そのような地域設定にはなっていない。とりわけ、落葉広葉樹林帯は、「保護・保全の対象地域指定に含まれておらず、皆無に近い。

前記のようにフローチャートでは「標高1,000m以上」の「高標高域の森林」であることが設定の指標とされている。しかし、大雪山の森林帯は1,600m以下である。1,600mより上はハイマツ群落や高山性のお花畑が広がる、いわば人手を加えることが想定されていない地域である。設定案ではいかにも広大な面積の森林が保護されるように見えるが、そのほとんどが、こうした非森林地帯、あるいは森林地帯であってもそもそも施業が困難であるため幸いにも大々的な伐採を免れた森林である。

しかし、現在、大雪山国立公園で問題なのは、標高1,000m以下の天然林伐採である。特にここ数年、天然林が大量に伐採されている。石狩川本流あるいはその支流域である大函・石狩地域(上川南部森林計画区)の平成16年から平成20年に伐採された天然林伐採(50?以上の伐採)と、平成21年度の天然林伐採予定材積は、各々次のとおりである。

平成16年4,429?、平成17年5,944?、平成18年2,261?、平成19年3,913?、平成20年1,493?、平成21年4,990?。(別紙一覧表参照。)

しかも、現在国立公園内で行われている森林管理の実態は驚くべきものである。伐採跡地を調査すると、ラベルのない伐根(違法伐採)数がラベルのある伐根数を上回っていたり、伐採とほぼ同時期に伐区内で大量のハクサンシャクナゲが根こそぎ掘り起こされ持ち去られていたり、許可の2倍を超える面積や幅の土場や作業道が建設されている。また、その作業方法も問題であり、重機で土砂を大量に削りながら造られ放置された作業道からは、大量の土砂が刻々と石狩川源流部の沢に流れ込んでいる。河川生態系からも重大な問題である。土場を作る際にクマゲラの営巣木が無残に倒され、跡形もなくなっていた場所もあった。

現在、国立公園内で行われているのは、森林の管理ではなく、収奪であり、配慮されているのは生物多様性や生態系の保全ではなく、経済性である。

私たちが北海道の森林調査に入ると、このような現場に必ず行き当たるが、一般に生物多様性の宝庫と思われている大雪山国立公園の核心部、石狩川源流部でこのような森林収奪が行われていることは、森林生態系保護区域設定以前の問題であるともいえる。このことは日高地域、あるいは緑の回廊の候補地においても例外ではないであろう。

標高1,000m以下の森林帯こそが、野生生物の生存を支え、河川生態系も含めた森林生態系の核心部を形成しているといえるが、今回の設定案からそもそも基本的に外されてしまっている。これでは、多様な森林生態系の保全を目指しているとは到底、評価できない。


3.「大雪山及び日高山脈・森林生態系保護」地域を、所謂“緑の回廊”で連結することにより、広大な森林生態系のネットワークが形成される」との計画であるが、各種、動植物種ごとに、この回廊が持つ、その生態学的・生物学的意義に関する「具体的な評価」が、十二分になされていない。


当ネットワークの見解


生物多様性の保全・保護の上で、「絶滅危惧種」(北海道森林管理局がいう貴重種等)の生活圏(生育、生息圏)の保護・保全が、当面の重要な課題となることは、改めて指摘するまでもない。この視点から見ると、キンメフクロウの事例でも指摘したように、今回の設定案では、不十分であり、再検討されなければならない。もしこの指摘が承認されないのであれば、「絶滅危惧種の保護・保全」に、今回の設定案が如何に有効であるかに関しての、具体的な説明責任がある。

大雪山系と日高山脈は、北海道の中軸をなす山岳地帯である。この山岳地帯には落葉性広葉樹林帯、針広混交林帯、針葉樹林帯、ダケカンバ帯、ハイマツ帯・高山草原地帯と、北海道で最も多様な植生帯が大規模に、しかも、処によっては、モザイク状に入りくんで存在する。

今回の「保護区設定」案には、具体的に森林帯(植生帯)の比率が明記されていないが、計画案を見る限り、設定地域に含まれる針葉樹林帯より下部地域の“落葉広葉樹”を主体とする植生帯の比率は極めて少ない。

針葉樹林帯以下の植生帯は、この百年余りの森林伐採により、大きく撹乱されてしまったが、復元可能なところも多い。従って、多様な「森林生態系」の包括的に保護に留意し、中長期にみても、将来長きに渡り、「落葉性広葉樹林帯」、「針広混交林帯」、「針葉樹林帯」地域を含めた、「保護対象地域」をして、可及的速やかに“保護ゾーン”を拡張すべきである。


なお、当ネットワークは、国立公園・国定公園内の天然林を、伐採対象から、完全に除外することが、わが国の「生物多様性保護・保全」にとって、不可欠であると考えている。 この機会に真摯に、この問題について、森林生態系の環境維持機能、動植物相を含めた、豊かな生物相の保護・保全を前提とした計画案を検討されるよう、ここに要請する次第である。


添付書類

  1. 石狩・大函地区伐採実態一覧表
  2. 「大雪山国立公園における生物多様性の危機」(松田まゆみ)
  3. 写真「目で見る・大雪の森林管理の問題点」

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